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  • koson takano

「お布施はお気持ちで」って言われても


 お寺にお葬式や法事を頼む場合、頭を悩ませるのが「お布施の金額」ではないでしょうか。勇気を出して住職に直接聞いてみたところ、「お気持ちでお願いします」と言われてしまうとますます悩んでしまいます。一体なぜお布施などというものがあるのでしょうか。

1、布施とは

布施は仏教の修行法の一つです。布施にはお金を施す「財施」の他にも、優しいまなざしを与える「眼施」、優しい言葉をかける「言辞施」などがあります。簡単に言えば布施とは、周りの人々に思いやりをもって何かをしてあげることで、自分も一緒に幸せになる方法なのです。

 僧侶は仏教の教えや儀式を「法施」として施し、それを受けた人はお金を「財施」として施すという仕組みで、どちらも相手に対する自発的な奉仕であると言えます。

 僧侶がお布施の金額を明確にしない理由がここにあります。つまり自発的な奉仕としてお金を頂く以上、金額を言うわけにはいかないのです。しかしながら一般的な感覚からすれば、葬儀の際僧侶に布施を払う行為はサービスと対価の関係、すなわち商取引に他なりません。この感覚のずれがお布施をややこしいものにしている原因です。

2、商取引化した布施によって起こった問題

 さて、このややこしい布施の仕組みによっていくつか問題も起こっていますので一例を挙げたいと思います。

A(施主側)葬式をして欲しいが普段から寺院と親交も無く、葬儀代をいくら請求されるか分からない。聞くのも失礼だと感じ一か八かの思いで包んだが、今でも多かったか少なかったか不安。

B(施主側)親交のある寺院が無かったが、高額な布施を請求されるのが嫌だったので宗派や住職ではなく葬儀社に聞いて金額の安い寺院を選んだ。または心当たりが無いので葬儀を省略した。

C(寺院側)布施の精神をそのまま実践した場合、理論的には葬儀を何件行っても収入が入らない可能性があり寺院の運営が成り立たないのではと考えた。そこで最低金額を決め、その金額以上を納めてもらう様にした。 更に、私が驚いた酷い例を挙げます。

D(寺院側)葬儀が終わって頂いたお布施が千円だった。その際「時給にすれば千円位だから十分だろう」と言われた。

E(施主側)事前に布施の説明も無く、自分に出来る限りのお布施を渡したが、僧侶が持って厚みを確認して戻され、「最低でも100万円からです」と言われた。

 元は思いやりの応酬であるはずの布施が、現代では相手任せの商取引きへと変化し、寺院側は「払ってくれなかったらどうしよう」と不安になり施主側は「高額な請求をされたらどうしよう」と不安になるのです。その不安が形になったのが例ABCであり、相手の弱みに付け込んで不当な取引を強いたのが例DEなのだと思います。

3、これからの布施は

 あくまで個人的な意見ですが、これらの問題を解決する為には料金の明示化が必要となってくると思います。寺院は葬儀や法事の料金を予め相手に伝え、施主もそれに応じることで双方が安心して事を進める事ができるのではないでしょうか。但しそれだけでは不完全です。寺院側の布施の精神は「貧しい人にも法を施す」ことにあると考えます。つまり例えば大変貧しい人から法事や葬儀を頼まれた場合、事情を鑑みて無償奉仕をするという選択も必要でしょう。更に施主側の布施の精神は「寄付をして己の徳とする」ことにあると考えますから、寺院側が提示する金額を安いと感じた場合には多めに納める様にすると良いのではないでしょうか。

 布施の根幹である思いやりが、日常に満ちることを切に願います。


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